カテゴリ:独り言 の記事一覧

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Comment (-)

「夫婦ユニット」再考。

もめです。
110214_2.jpg


わたしたちmenpeiは、夫婦ユニットとか言って、夫婦で活動していて、
そのことが、ほんまに意義のあることやと 最近特に感じるようになってきました。


いわゆる「地域づくり」というとこで、活動をしているわけですが、
向かう場所向かう場所、男性が多いです。
男性が多いというよりは、サラリーマン社会の延長のようなんです。
つまり、「仕事」と「暮らし」が、いまいち繋がっていない。


中山間地域の問題に取り組む人は多いですが、
私は、「家族」で取り組まずして、何を解決できようか…と思ってしまうわけです。


いろんな理由があるんですが、パートナーである耕平が一番納得していたのが、次の話。
かつて(ある本によると第2次大戦以前)は、ほとんどが農業に従事して、
おとうさんもおかあさんもこどもも、皆いっしょに仕事をしていました。
都市化、産業化が進むにつれて、今のようなサラリーマン社会になりました。

中山間など田舎の問題は、都市化していったことへの反省でもあるはずなのに
都市化したその働き方のまんま、その手法で、(家庭においては)男性ひとりで頑張ろうとしている。


そうやないやん♪
ということで、近年つくられたそういう価値観も
menpeiは、壊していきたいと思ってます。


そしてこういう風に、おんなじように、夫婦、家族一緒に動く仲間が増えて、
みんなで一緒に楽しく暮らすのが、目指すところ。


この話のテーマの中でも、女性として理不尽、窮屈と感じて
考えたり訴えたりしていきたいことはほんといっぱいあります。
それも、今、(自分たちでは気づいていないようだけど)サラリーマンテイストで
活動している人たちが、パートナーや家族と一緒に取り組み始めたら
そういう状況も変わっていってくれるんじゃないかと思います。

110214_1.jpg

とにかくたのしくやってきまーす!よろしくねん!
スポンサーサイト

スーパーマリオ。

人の話を聞く時、過去の経験を収納している自分の引き出しの中から、
その話に近いサンプルを見つけ出して、それと照らし合わせて聞いている。
・・・ものだと思う。
その数は増えていくし、たまたま気分によって引き出すサンプルは異なったりもして、
そんな不確かなものだと思いながら、話に対して、言葉をつむぐ。


私は、基本的に、キャパシティが狭いことを自覚していて、
でもある期間、スーパーマリオの無敵状態の時みたいな時がやってくる。
何でも立ち向かって行けるようなポジティブ精神。
今だと「menpei」の「もめ」という役割をうまくこなせている時。
無敵状態は短命だから、ちょっとした拍子でバランスを崩す。


ただ、そういう「揺れ」は、大切なもの、と、信じている。
視点をいろいろと変えて、その都度の考えに、素直になる。
とても素直で真っ直ぐなパートナーに対して、私のこの「揺れ」は意味があるはず。
一辺倒にならないように、わざといろんなところを行き来する。
とは言え、両方揺れているのも危ういので、ともかくバランス、なのである。


今回の「無敵解除」の引き金は、神戸帰省。だいたいそうだ。
自分の属性がポストイットで表示されているとしたら、
電車で運ばれる過程でどんどん貼り替えられる。とても忙しい。
浸かるコミュニティもどんどん変わる。
地域づくり風呂、クリエイティブ風呂、家族風呂、男風呂。…のぼせそうである。


技術と想いの関係性にも考えを巡らす。
男と女の違い、も考える。


吉永に戻ってからも、しばらく精神を立て直すことができず(たいしたことではないが)、
立ち上がる元気もなかったが、元気になれる気がしたので、かじこへ行った。


小豆島そうめんナイトと言って、
「小豆島の名物そうめんを囲み、瀬戸内芸術祭会場の一つとなっている小豆島について
 島生まれ島育ちのアキリカが、地元出身者から見た地域における芸術祭の面白さや
 課題をあますとこなくお話する夜。」であった。


トマトがたくさんあったので、マリネをつくって、風呂敷に包んで、電車に乗って、
路面電車に乗り換え、歩いて、かじこについた。


かじこのイベント時なんかは、台所にたって、ゆるゆる動くポジションが心地良い。
企画者のアキリカさんらと、話しながら、そうめんの準備をする。
私は何者であるか、という話の時、
最近はmenpeiということをわりとしっかり伝えられる。
と、いうよりは、かじこ内だと、三宅君による
「僕が岡山で一番面白いと思っている人です」というコメントが、
最近、ほぼ必ず添えられるようになったので、それが話しやすい空気をつくってくれてる。
その空気のまま、ジャタニや小森くんもフォローをしてくれる。
三宅君が、私たちを「面白い」と思っているポイントはなんとなく知っていて、
でもそれを、なんとも面白くともない、と思う人もたくさんいると思う。
でもその「僕が」というのが良くて、最も励まされる瞬間であったりする。
そしてそのポイントを、かじこでも別のやり方で、実践していっているから、
気になるし、こちらからみても「最も面白い」と言っちゃえる存在なのである。かじこ。



その場で、それにまつわる話を、ジャタニと、台所でおしゃべりしながら、料理した。
時折小森君も入った。
私のこの元気のなさの原因を、なんとなく共有してもらえるような気がした。
それに対して、話も聞いた。
自分の引き出しからサンプルを取り出しながら、「ああ、わかる」とか言って。
場の話、だと、menpei荘は定住、夫婦というところ、
かじこは期間限定、仲間、というところで、状況が違うけどね、とも言いつつ。



かじこはかじこメンバーが主役にはならない。別の誰かが舵取りをするのを期待している。
実際3人とも、メインのちゃぶ台からは、離れたところに自然と居る。
menpei荘は、三宅君の言葉を借りると、
menpeiが「ステージにたっている」状況で運営。
運営、というか、住まいだから、そのやり方でいいのだと思う。
同じようなもてなしの空間でも、かじこにいる私は、主役でいる必要はまったくないので、
そのポジションがなんだか心地よいのだ。


とはいえ、この心地よさは、三宅君、ジャタニ、小森君が在る空間だから、と私は思う。
でもどうやら、人につくのではなく、場所そのものについて欲しい、と思っているようだ。
それはジャタニと話して、腑に落ちたけれど、多分、
私にとっては「友達」がやっているスペースで、
その友達に会いにくるためのかじこ、という出会い方だから。
私が岡山に引っ越してくる決意ができたのは、
神戸時代にいろいろと検索しているうちに
三宅君という面白い人に出会ったというのが大きいのだけど、
その引っ越しのタイミングがたとえば今だとしたら、
私は、岡山にある、空間としてのかじこに出会っていて、
この空間自体を愛でたかもしれない。



3人とも、他にサンプルの見つけようのない、独特の、
そして繊細な感性を持った人たちなので、
かじこという場を利用して、交流し、コミュニケーションをとっていたい。
そして、自分のとこの場づくりについても、ゆるやかに進めていきたい。


20代特有なのかなあ、という考え事の範囲のこととか、
それに対する接し方が、少しか弱くて、少し自信があって、
その感じも心地よかった。
そういう20代後半風呂にも、たまには浸かりにきたい。


美味しい素麺、いい感じの空間、アサヒビール3本で、気持ちよくなって帰宅。


帰ったら、東京のまさが来ていた。この人は、いつも元気いっぱい30代男子である。
無敵解除から、心の揺れのあった私は、急に30代以上の男性の感覚が
受け付けられなくなっていた。
そんなことも探るように打ち明けながら、話しをした。
なんでも肯定のまさは、「そうそう」と、理解を示してくれた。
そして彼の解釈を話してくれた。
なるほど、と、ゆるやかにスッキリとしてきた。


目が覚めると、すっきり快活!
・・・というわけにはいかなかったけれど、
視点を変える、この揺れを咀嚼するように、
今度、限られた女性だけで話をしてみようと思っている。










すくすく。

もめです。

100720kaeru.jpg



「やった!これもできるようになった!」
「わー、こうするとこうなっちゃうんやな!」

最近、こんな風に、日々、たのしくすくすく成長している感じがします。
こどもが、毎日いろんなことをどんどん吸収していく、そんな感じ。


近所の人、地域の人とも、田畑を通じて、
繋がりが広がっていったりも、嬉しい。
相変わらず、お母さん的存在の久次さんとは、毎日顔を合わせてお話する。


去年以上に外に出る。太陽の下にも出る。
汗かく。ポカリが欠かせない。
大学生の梅谷君が、気を利かせてポカリの粉を買ってきてくれる。
部活みたい。


高校の友達とメール。
「夏になったら黒くなるもめ!バレー部マネージャー時代から変わってないねー」
彼女はラグビー部のマネージャーなのに真っ白だった。


じりじり照らす太陽よ。焼けばいいじゃない。私の肌なんぞ。
もんぺで買い物とか日常になってきた。
田舎の正装。



楽しく、適度に、忙しい。

姉の結婚。

2010.4.24 maiko 28th birthday
100425_9.jpg



2010.4.25 maiko&ko wedding
100425_6.jpg


100435_3.jpg


100425_5.jpg

100425_4.jpg

100425_11.jpg

100425_10.jpg

>

100425_8.jpg


幸せは 強くイメージしていると
きっと それが 形となって、あらわれる。

自分の幸せより、人の幸せを大切にする
心優しい 彼らの分は、
今、 わたしたちが 強く 願うから、
森羅万象 なにかの神様、 どうか それを現実に。

続・自由になれた気がした 25の春

もめです。

100422enogu.jpg


今日も雨。
100422hana.jpg

OKAYAMAも、はれのくに と与えられた仕事から、しばらく逃避している模様。
100422mizu.jpg


高校時代私はバレー部のマネージャーをやっていました。
少人数の男子バレー、その後部員がやめてしまったので、大人数女子バレーに移行。
男子バレー時代の熱血顧問、K先生はある日部員に問いかけました。


「おい、バレーはなんやと思うか?!」


技術・元気・声・・・・何が挙がったか忘れましたが、部員の答えに対して
「ちゃう!(=違う)バレーは『ハッタリ』や!」


なにー?!
心の中で全員ズッコケ。


しかし、その後、私が年を重ねる中、重要な場面でその言葉を思い出します。
その意味は、強くなくても強いとハッタリかませば強くなる、
元気がなくても元気やとハッタリかませば元気になる、ということでした。

コーヘイさんが、ずいぶん前に(誰かに聞いたことかもしれないけど)
「自分の言葉は一番自分が聞いている」って言ってました。
そのことも同じだ。


昨日ここに書いた文章もそうで、
幸せでない状況やとしても、幸せやーとハッタリかましとけば
ほんまに幸せになってくる、ということだと思ってます。
好きやとハッタリかませば、好きになるし、
楽しいとハッタリかませば、楽しくなるし。
ポイントは対・ひとはもちろんやし、対・自分ってことかなー。


昨日の文章は、自分を幸せにするのが一番大切と書いたけど、
それは人を幸せにするとか人を大切にすることと同じであるという意味です。念のため。
なぜなら自分は自分以外のあらゆるものに生かされているから。


さてさて、パッタイ風つくったし食べようっと。
あータイ(チェンマイ)行きタイなー!







上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。