カテゴリ:アート の記事一覧

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第3回世界アーティストサミット。

もめです。

「もめです」と冒頭につけているのは、これがmenpeiブログであり、
menpeiメンバーのコーヘイもここに記事を投稿することがあるから・・・・
という理由であることはあまり知られていません。笑
ということで、今回はわたくしと、コーヘイ2人から
ひとつの体験についての振り返りでもしてみます。

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京都造形芸術大学で行われた第3回世界アーティストサミットに2日間参加しました。
091221askmome.jpg


そもそも世界アーティストサミットとは。
発起人はアーティストの宮島達男氏。
大命題は「アーティストは世界を救えるのか」。
概要等はまとまったものを見た方がいいと思います。
HP→こちら
第2回のダイジェスト映像→こちら
第1回の記録はこちら→こちら


前提としておさえておくべきことは
○(宮島さんもおっしゃっていましたが)アートは元々問題解決に寄与する分野とは
 考えられていなかった。
○このサミットは答えをだす場ではないということ

大きくこの2点だと私は思いました。
だから、世界の課題の「なに」について議論するかは決まっておらず
各アーティストの何かしらバックグラウンドに基づいて「課題」が設定され
多様な「アイデア」が発せられていきます。
このような場があること、それは非常に意義のあることです。
私が言うまでもないですが。
聴衆の多くがここの学生であったりと、若者です。私のようなアート畑ではない「一般」の人もいます。
そのような人々の誰の中にもある「アート的なるもの」、
つまり想像力と創造力を引き出すこともこのサミットの趣旨です。

アーティストは常に世界の問題を解決するためにアート活動をするわけではないですが、
今回のように「世界を変えるために」アーティストが何ができるのか、という順序で考えるのならば、
プロのアーティストが研究者や技術者、NPOやNGOの団体、様々な立場のプロと
タッグをくむことじゃないか、と思います。
具体的に何か世界の(またはローカルの)課題に向かって結論を出すために議論している場に
アーティストのような存在というのはほとんどいないと言っていいでしょう。
アーティストの想像、創造力が何よりの武器であるとしたら
既存の価値観でしか議論の進まない場にいたら、少なくともその課題においては
有効的なクリエイティブな解決策がうまれるに違いありません。
しかも、そういう場は、多少なりとも予算があったりする場合が多いと思います。
(ローカルな場面しかイメージできていませんが)
場合によっては国の補助金だったりするかもしれません。
それが「本当にそれでいいんっすか・・・?」という形で予算が使われてしまった・・・ということもあります。
もっとクリエイティビティな発想があれば・・・と。


ジャンルを超えた、
答えをださない、
対話の蓄積。
少しずつイノベーションを起こすには
これが重要だなーと言っていたmenpeiですが、
それがますます確信になってきた、という2日間でした。
第2回の動画を今、見ていたらイングリッド・ムワンギさんが同じ趣旨の
アイデアをだしていました。(13:24あたり)
サミットに参加した9人がまた、いろんなひと9人をあつめたミーティングをする、
そのうちの誰かがまたミーティングを開こうと思ってどんどん広がっていくかもしれない・・・というアイデア。
これはmenpei荘でもできそうですね。


では続いてバトンをコーヘイに。

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コーヘイです。
アーティストの集まる場に行ってきました。
アーティストが社会に向かう。
それは、僕にはこんな感じに受け取りました。

社会は、太陽系のように規則正しく動いている。
それは微妙なバランスを保ちながら。
そこに問題を包含していたとしても、簡単には崩れない。

その太陽系に、彗星がやってくる。
それがアーティストだ。
まさに、彗星のごとく。

彗星は、惑星とは異なる動きをする。
軌道が惑星とは違う。
3年で公転するものから、数百万年以上かかって公転するものもある。
中には、帰ってこないものもあるそうだ。

そして、それは太陽系に何かを残す。
規則正しく公転する地球に生きる人々にとって、
感動と恐怖を覚えさせる。
なぜなら、その箒星の姿が感動を呼び、
衝突する可能性が恐怖を覚えさせる。
そういった、概念を覆すような、
大きなインパクトを与えることができるのも彗星のなせる技だ。

そういった存在を包摂してこその太陽系なのだ。

こんなことを考えながら、アーティストの話を聞いていました。

さて、2年後にまた世界アーティストサミットは開催されるのでしょうか。
私は、このコアなミーティングはありだな、と思います。
ただ、アーティスト間および参加者間に、
もう少し何らかのミッション、ターゲットが
共有されていたほうがいいように思います。
このミーティングは、単にアーティストの展覧会ではなく、
「アーティストは世界を変えられるのか」という命題について議論するものであり、
それによって、もっといいもの、いいアイデアが出てくるんじゃないかと思います。

その第4回目の世界アーティストサミットの前に、
第1回のローカルアーティストサミットがmenpei荘で開催されるかもしれませんね。
ジャンルを超えた対話の蓄積の場がそこにあるはずです。
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ヨーゼフ・ボイスに学ぶ。

もめです。

書き記したいことがたくさんたまっていますが、
なかなか時間がとれず・・・。
まずひとつ。

さてさて、日曜日は水戸へ行ってまいりました。
水戸といえば、今やもう「水戸芸術館」でピンとくる人も多いですよね。

ボイスがいた8日間
1984年、私が生まれる年の生まれる数ヶ月前に
ヨーゼフボイスが来日しました。
その時のドキュメンタリー映像(なんとノーカット)と作品を展示しています。
15日は、それにまつわるシンポジウムが開催されて
IMIの講師でもある現代アーティストの椿昇氏も参加、ということで久しぶりの水戸入り。


これから私は、好きなアーティストは、と聞かれて
ヨーゼフボイスと椿昇、と答えるでしょう。
この2人は似ているなあ、と思うのです。
生きていくうえでの指針となりそうです。魂を掴まれた、という感じ。


二人とも相当知識もあって、彼らの思想に触れるには
ベースとなるさまざまな思想に触れなくてはならないので
一筋縄では「理解した!」といえないかんじです。


が、私が「指針」とする部分について説明するために
ボイスについて簡単に触れると
彼は、「人間は誰でも芸術家である」と語り、
人間ひとりひとりが創造性をもって参与することで
より良い社会をつくりあげる「社会彫刻」という概念を提唱しています。
(水戸芸術館HPより引用
考えることも、言葉も、芸術なんですよね。
いわゆる絵を描く、彫刻をする、ということから想像される芸術とはここでは違います。


あと、対話を重視しています。
今回のドキュメンタリーでも学生などとの対話が映し出されていました。
椿先生
ラディカルダイアローグという作品に表現されているように、対話を重視しています。


対話が重要、っていうのは実はmenpeiも「座・対談」にて見出していたんです。
これは社会イノベーションを起こす条件として、コーヘイと環境省のみずしなくんと対話をしながら
いくつか条件を探っていきました。
そして最終的に「世代を超えた対話の蓄積が重要」と結論付けています。


このことと今回のアーティスト2人のことと結びついたとき、
「!」となりました。


最近よくmenpei間、友人間でジャンル別コミュニティは打破したいね、という話をします。
ジャンル別、つまりなんか「環境系」「まちづくり系」「美術系」「デザイン系」とか。
とはいえ、どっか「ピンとくる」という自分の基準は持ち合わせながら
ジャンルも世代も超えていけば、もっと世の中は面白くなるはず。
自分の周囲から徐々に。


そういう意味で「はじめまして」が交錯するmenpei荘は
そういう「垣根のない対話の場」としての可能性が十分にあるのではないかな、と。


menpei荘ももうじき2年目ということで第2フェーズを迎えているのかなと
最近コーヘイとよく議論します。
1年目は吉永にくるためのきっかけとしての場、だったと思っています。


楽しみ。

アートリンクat白石島。

もめです。

8月の終わりの話ですが、白石島にいってきました。
詳しくはコーヘイさんのブログでごらんください。


2人で行ったのは初めてですが、私は1年前にはじめて行きました。
1年前はちょうど結婚するのは決めていたけれど
住む場所、拠点について迷いに迷っていた頃。
兵庫だと会社を続けることができる。岡山だと知り合いもいない。
だけど岡山、吉永にいきたい気持ちは膨らむばかり・・・。
まあ、とりあえず、岡山の面白そうな人たちを探そう!
色々検索して出てきたのがNPO法人ハートアートおかやまの
アートリンクプロジェクト。
ダウン症などの障がいをもつ人とアーティストでペアになって
作品をうみだしていく。
090909アートリンク


ちょうど検索してみつかったのがこのブログ。
(→アートリンクセンターブログ:去年の記事
ちょうど数日後に島合宿があるー!というのを発見し、
すぐさまメールをして参加させてもらうことに。


参加者はひろく一般公募をしていると思い込んでたら
私以外何かしら繋がりできている人でした!

「神戸からブログみてきたんだって?」
「どんなアート好きのおばちゃんがくるんやろーって思ってました」とか
驚かれたのを覚えています。
ははは。



しかし、このお陰で、まあ岡山にもいろいろ面白い人はいるよなー
アンテナはっときゃ誰かに出会えるなーと思えたので
岡山に移住すると腹くくれ、家探しもできたっていう重要な機会でした。
この時出会って今も特に仲良くしてくれているミヤケクンと
コーヘイと3人で日帰り白石です。
090909白石歩く


ひょっこり飛び出しボーイ。
味わいあります。
私はこれを見つけるのが好きでしてね。
倉敷、岡山市内には「もめそっくりの女の子(by コーヘイ)」バージョンがみつけられます。
左にひょっこりはアサヒビール芸術文化財団事務局長の加藤種男さん。
大学時代メセナやCSRやら勉強してた頃、しょっちゅう文献に登場してましたが
今回はご本人にご対面できました。
090909ひょっこり加藤さん



さてさて、展示のことも書きたいですが、
木綿子としては白石の木綿のことを書きます。
090909木綿

ここで育てられている木綿を昔つかってた民具を修理し
種を取りつむぎ織っていっています。
090909もめんそのもの


もめんともめん。
090909木綿のたねだし



座・対談っぽい(byミヤケクン)」
090909座対談風

たねと綿と仕分けます。
090909木綿の種

コーヘイも言ってましたが、昔はいろいろ仕事がたくさんあって
子どもも手伝いしていたんだろうなあ。こういうような。
テレビとかゲームとかしている暇なかったんだろうなあ。
健康的。


その他真鍋島などまわり、予定より時間オーバーだったため
日帰り組はタクシー(船)で帰宅。
090909さよなら


陽気なおじさんの運転。
むっちゃ高速。ゆれるゆれる。楽しい。
090909帰りの船



一年前を懐かしく思い出す一日でした。

越後妻有、行ってきました。(5)妻有の人々

もめです。

私が最も気になるのは、アートの祭と地域の人の関係性。
ヨソモノと地域の人の関係性。
地域の元気、とは。

妻有という場で、様々な人、要素がうごめいている。
090904刺繍


正直、批判的でした。
私だけでなく、近年増える一方のトリエンナーレやビエンナーレ。
日本では代表的な存在のこのアート祭をどうみるか。

何が引っかかるか。
たとえば、
・地域の元気といっても都会の莫大な資本が落ちて大枠の主導権は都会にあるのでは。
・増殖する作品点数、逆に地域の人々は疲弊していくのでは。


思うところが多々あり、旅の仲間のまりっぺやまるちゃんとは
議論を重ねました。
世の中の動きを冷静に捉えることのできるまりっぺや
建築を勉強しているまるちゃんの意見は
狭くなりがちな私の視点を広げたり角度を変えたりしてくれました。


アートと地域を考えるという点で似たところでは
数年前に直島に初めて訪れた時のことなどを思い出します。
当時私は学生であり、メセナやCSRを勉強していたこともあり
その角度から興味を持って訪れたのですが
アート鑑賞自体も好きでした。
当時よく言っていたのは、
「作品自体の意味がわからなくても、ただ、その空間に浸っているのが好き」。
それはそれでありですが、現在、田舎に移住をして
パートナーの耕平と共に持続可能な地域の姿を日々ディスカッションして
実践している状況では、鑑賞スタイルも変わっていることに気付きます。


今回、好意的に感じた作品は
地域に在るものを活かし(または消えゆくものの記憶を残し)
ヨソモノ(=アーティスト)が
圧倒的な『強い』作品に完成させている・・・・そんなものでした。


各作品についてコンセプトが立派でも作品自身からそれが感じられなければ
ちょっと不快な気持ちが残ります。
逆に素晴らしいものは、コンセプトを想像することができます。


いろいろと語り、全体しては批判的にみていた最終日。
実際に妻有の人と話した時、私たちの議論は机上の空論だったかも、と感じました。


実に、楽しそう。


この写真の作品の部落(と、住民が表現していた)は20数人。
作家が、まるちゃんの通う千葉大の卒業生だということもあり
見に行ったのですが、近くを通ったおばあちゃんが
「よくいらっしゃいました」と声をかけてくださいました。
090904くさむら


何かある時は部落の若いもん(といっても50代とか)が世話に出たり
作家も去年からここの部落の行事に参加したり。
本当に、にこにこと、違和感無く、楽しんでいらっしゃいました。
このおばあちゃんは、スタッフとしているわけでなく、
日常の墓参りの帰りにただ通り過ぎただけの
本当に普通のここの住人。


このかき氷が食べられる作品のスペースも、
楽しんで運営に参加するおじさんの姿が。
090904かき氷


60数年、新潟一筋のこのおじさん。
このスペースはもともと保育所だったそうで
子どもがいなくなり今はつかわれていないとのこと。
090904かき氷のおっちゃん


東京なんて遊びにいくくらいで充分やー
あんな蟻みたいに人がたっくさんおるところ、
ここは空気ええし、こども育てるんもこんなとこが一番やで


(関西弁ではないけど)こんなことを言っていて
この土地を本当に好きやという感じでした。


アートだなんだがわからないけど、ということも特になく
"普通に"みんな参加している、という感じ。


これは松代エリアの人々に調査した、地域を擬音で表すと、というリサーチの展示。
090904松代のひと


不思議な程肯定的な擬音が並んでいるんですね、世代問わず。
田舎の人は住んでいる場所に否定的だというわけではないようです。
実際、印象的だったのは、鑑賞にきているのが地元の人が
結構多いこと。
たまたまあったおじさんは、370カ所、ほぼすべて
まわっていました。
新潟とかこのあたりの県民性というか地域性なのでしょうか。


全ての物事において、全ての人が好意的なことはありえないとしても
出会ったおばあちゃんやおじさんのような人が
結構いそうなこの地域。
一定の角度から見ると、このアート祭、「成功」なのかもしれません。
今後どのように継続していくのかが気になるところです。

全く同じプロデューサーとディレクターで
来年、ここ瀬戸内でも国際芸術祭が開催されます。
島々が舞台、そしてメインは香川ですが、
まったく「ヨソの出来事」ではないので、
より一層「地域とアート」という視点で知り、参加し、考えていきたいです。


090904山村

越後妻有、行ってきました。(4)妻有の風景

もめです。

自然にある風景は、やはり、美しいと思う。
090904はな


アート作品そのものよりも力が強いのは仕方が無い。
作品のお陰で、出会えた風景をご紹介。


岡山よりも実りが早いようで、黄金色の田んぼが町を埋め尽くしています。
090904黄金色

風に倒るる稲穂。
090904風に倒れる

夕にも映える。
090904車窓から


090904つゆくさ


090904森へようこそ

森の中の土は、気持ち良い。
090904山の土


山菜が美味しい。
090904山菜


名物、そばと共に。
090904そば1


もう一発、そば。
09090904へぎそば

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