カテゴリ:余談 の記事一覧

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父の文章。

もめです。

コーヘイのブログでご覧いただい方もいるかもしれませんが、
三田文学という文学誌に、父が短いエッセイを寄せています。
題材がmenpeiでした。


まず、こちらをご覧ください


この休日、コーヘイと「生物学上の父」と「神戸の父」の店を訪れました。
「神戸の父」の店はリニューアルをし、次男と嫁も店に立ち、
還暦を前にぼちぼち引退のにおいを醸し出していました。
元々技術屋であったので、引退したらシニアの海外協力隊にいこうかなど言ってました。
これは私がバイトをしている頃からずっと言っているので
「絶対行った方がいいよ」とか、けしかけました。


「次女」らしく無責任な奔放発言には違いありませんが、
あらゆる課題なんかは対して気にせず、
自分勝手に残りの人生楽しんだらいいんや、と切に思います。
過去の時代を慈しんだり、
何かを理由に挙げて、ただ実現できない夢として酒を呑みながら呟き続けるよりも、
奔放に楽しんで若々しく過ごしている「父」をみるほうが
よっぽど幸福を与えられることでしょう。
壁は自分でつくっているに過ぎない、懐古主義は障害。と思う。


コーヘイのブログに載せたあと、父の文章が誰彼かの心に入っていたことを感じ、
それを本当に嬉しく思います。
このmenpeiブログで私が書いている文体は、あまり好きな方ではないのですが、
父の文章の書き方、リズムが、自分の中に流れていることを感じます。
父の本などはほとんど読んだことがありません。
いつかそのうち、とは思っていますが。
その中でもひそかに最近、読んでいたのは、震災の時の記録です。
父の大テーマであると推測する「生と死」が文学として表現されているのだろう作品で
文学賞をもらった
日のことを憶えています。
なぜなら私が就職活動中に内定の電話をもらったのと同じタイミングであったから。



確実に父が読者であることを知っているこの場で、
このようなことを書き記すのは、少しためらいますが、
文章を書く時というのは、確実に誰かを意識しているものでしょう。
私は、伝えたいことがあるし、menpeiでの活動そのものがある意味ではそうであるし。
明確に表現しすぎるのは無粋な感じもするから避けたいけれど、
今日は多少。


ちなみに、今日は母の誕生日。
気持ちは28歳という噂。おめでとう。
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09終わりのいろいろ。

もめです。

本日やっと初詣にいきました。
おなじみ牛神さん。初モーで。
おなじみだけあって、「いやあ今年もよろしくお願いします」という気持ちが
強くお世話になっている先輩への挨拶のような気持ち。
そういえば昨年はここで巫女さんの格好して
ここのおせんべいを売ってました。
福満(ふくみつ)焼きっていうんですけど、ありがたいネーミングですよね。
福満はここの地名です。
ほんで私は当日分は完売(多分)、翌日の在庫分もあけてしまう程で、いやーたのしかったですね。笑


年末はコーヘイの実家、愛知県は岩倉で過ごしました。
この辺りは切り餅文化のようです。
100103モチ

昨年、犬のケリーが亡くなったので連れて行けなかったですが
2人で年末の岩倉を散歩。
(ちなみにうちの実家で飼っていたのはシェリー。)
1003信号

100103みず

100103公園

岐阜の加子母村にも行きました。
with 高野先生(コーヘイの師匠)&本田さん(高野研メンバー40代)。
Iターンホットスポット。いい町でした。
象徴するのは道の駅の駅長さんがヨソモノ30代であるという事実。


そして、もりのいえ、森本さん宅にもお邪魔させてもらう
森本さんは多く語らなくても佇まいだけで圧倒されるほどの人物です。すてきな家族。
高野先生らはこちらで年越し。
100103かしも

製材屋さんが多いので、このあたりはこの辺はこういう風景が見られます。
100103製材や


年始は神戸で。
岩倉から神戸に向かう途中、三重あたりのSAで
西へ運ばれたい男性2人と出会ったので、最終尼崎まで一緒に。
いわゆるヒッチハイクというやつですな。
右端は名古屋からここまで連れてきてくれたという男の子。
100103ヒッチハイク

意外にも二人とも堅い職、大企業勤めだったりの28歳。
30前にこういうの、やってみたかった、とのこと。
その後どのような旅になりましたでしょうか、タカ&アゴ山くん。
大晦日の夜。
出会いの多い一年を象徴するような締めくくりでした。

2009年振り返り。

もめです。


今年は何より、初めて神戸を離れてパートナーとの暮らしを始めたことが大きな出来事でした。
「骨をうずめてみせる!」なんて張り切っていた会社員生活も2年足らずで終えたので、
肩書きもなにもかもなくなり、縛ってくれるものもなにもなくなり、
どうやって生きていくか考えて模索してはやってみて振り返る・・・・
それを繰り返した1年でした。


「吉永で暮らすこと」という小冊子をつくった時に遊び半分でつけたmenpeiというユニット。
活動場所が欲しいと思いつつも、店などを持つと、運営が難しい。
自分たちに合った方法などを模索して「家」を開く形にたどり着いて、
普及のためにはアイコンが必要、と「来m」とか勝手に呼んで言い続けてみた。
2月頃勢いでHPも作ってみた。
はじめの記事など懐かしい)
自分の暮らしをオープンにするのはいかがなものか…と躊躇いつつも
ブログでガンガン発信してみた。
来mのアーカイブとなっている芳名帳。
積み重ねること、アーカイブ化すると、ちょっとなんか、おもろい、ってことに気づいてきた09終わり。
同じアイコンでも、意味合いの経時変化あり。
(経時変化って社内用語やったんかなあ)


ここでは発信していないような、気持ちの揺れもありまして。
揺れるたびに、バイトしにいってみたり、映像の学校に行き始めてみたり。
模索しつづけることでしょう。トライ&エラー。∞
生き方はなんぼでも自由なので、なにがええのかいろいろやってみます。



そして今年も多くの出会いをありがとう。
新しく出会った人も、去年出会った人も、それ以前の人も。
著名人レベルで、インパクトの大きかった出会い(一方的)は
井筒耕平氏は宮台真司と言います。
私は椿昇氏です。
水戸のボイス展との出会いも良かったです。
IMIでの映像という媒体との出会いも。今後仲良くなれるよう触れ合っていきます。



非常に充実した年でした。
でも、来年またもっといろんなことや場面と出会えそうなので楽しみです。



それでは良いお年を。



12月。

さようなら!
あまのじゃくだから私は私の表現を探っていくよ。

091201.jpg

唄えないし、踊れないし、技術ないしなー。
手段が少ないもんだから、探す間はいつも苦しいけど、
ポンと抜けたら気持ちいい。
同じのなら表現する意味ないよ。
いろいろ考えていたら、あっという間に年、暮れそう。

山陽新聞に掲載(?)

もめです。

山陽新聞をひらくと、
コーヘイ氏「見覚えのある人が・・・」。
あ、私でした。
撮られたことなんてまったく知らなかったですが。
そして木村社長だったとも知らず。

記事中の文字。「仕事帰りのOL」か「学生」かどちらに思われたのでしょうねー。
先日、ファジアーノの応援に行きました。負けちゃいましたが。
岡山はもともと地元に対する意識が低いというか
一致団結するようなことって少ないそうなんです。県民性的に。
スポーツをもって岡山を盛り上げて行こう!という勢いで頑張っているようです。
(下手な説明ごめんあそばせ)

がんばれー!
ファジアーノ

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