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京都にて。

もめです。

学生時代を京都で過ごすも、真面目なだけで遊びに欠けていた私は、
神戸からの通学に必死なだけでありました。
そんなことを悔やませる、思い出の混じった京の町並み。



今通う学校で椿先生が薦めてた展示を観る為に予定をあけており、
ずっと観たかった映画が京都でちょうど今日からあったので、
呼ばれてる気がしてそちらも行くことに。


映画は「或る音楽」という映像作家・音楽家の高木正勝さんが出演するドキュメンタリー。
監督は別の人。
舞台挨拶もあり、美術家のヤノベケンジさんと共に30分ほどトークが聴けました。
映像を勉強中なので、ドキュメンタリーの撮り方自体、勉強になりました。

高木正勝さんとの出会いは、学生時代に一人の友達が一度にたくさんくれた音源の中にありました。
音楽に疎い私は、人に頂いたものをiPodに詰めて、延々と聴くタイプですが、
高木さんについてはそれ以降も好んで自ら購入したりしながら聴いています。



今日改めて、この方が好きだなあ、と感じました。
同時に私が尊敬できる人の共通点に気づきました。


それは、物事の本質と向き合っているところ。
それは、自分の色を持っていないところ。


これはコーヘイの師匠である高野先生との間に見つけた共通項です。


高木さんの音楽や映像(とくに今回の)が、身体の芯の方に痺れるように伝わってくるのは、人間の本質的な部分との共鳴を表現しているからだろうと思います。

飾りの部分(方法論だったり技術だったり)を語る人よりも
そちらに共鳴します。


自分の色を持っていないというのは、「自分らしく生きよう」といった言葉が溢れる今の世の中では、悪口のようにとられる方もあるかもしれませんが、そうじゃありません。


高野先生の言葉を拝借するならば、水(人々、世の中)の中に水彩絵の具(自分)をポタッと落として、それがスーッとなじんで溶けていくような感じ。


25歳。
10代の頃から、「自分の色」を出すことに腐心してきた私から変化することを望み始めました。
元来我の強い私ですから、一朝一夕では変化できませんが。
色を持たない自分を育てていきたい。

一滴の水彩絵の具のような人の表現に、時折身をおいてこの気持ちを思い出したいです。


見つめるひとつの節目は30歳。
その頃コーヘイは39歳。どんなmenpeiになっているでしょうか。
50代くらいは相当面白そうですが、30代も楽しみです。
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mempeiさんのブログの記事を読んで興味がわいたので観にいって来ました。東寺の近くにあるレトロな映画館、みなみ会館はすぐ近所です。 高木正勝さんのHPには、 太古のヒトが初めて「音楽」を奏でたとき、 それはどんなものだったろう? 受け継がれているはずの 「大いなる

2009.10.13 10:37 The Sun Also Rises

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