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料理。

吉永で割烹着を着るようになって1年。
意外と、料理、上手くなってへんなあ。とニンジン切りながら思った。

去年の今頃は、暮らしが非日常で、あれこれ炊いたり、煮たり、漬けたりして、パンまで焼いてた。
土日に兵庫まで通学し、平日は町までアルバイトに出て、
「時間がない」、というのは多分理由ではなくて、
「野菜がない」という状況が、私の料理離れを進行させていたのだと思う、この冬。


「野菜は買わない、もらうもの」と図々しい術を、田舎だと、割りと自然と身につけることができていたので、
家に野菜のストックがない状態でも、買わずになんとなしにやりすごしてみて、
ついに、こわごわジャガイモやらを購入してみてシチューなんやらと作ったところで、大学生2人の来mがあった。


チャンスとばかりに近所の畑に行き、挨拶ついでに「野菜をください」。
「あんまり冬はないのよね」と言いつつ、よっこらやっこら持ちきれぬ程の立派な野菜たちをいただいた。
この瞬間、私の心が瑞々しく満ちていくこと、歴然。
来年の冬には貯蓄できる系統の野菜を多めに作ろう、と思った。


この土日は急遽学校が休講となった為、日曜日の朝は久し振りの海の市場で魚を買う。


学校に通う時は、交通費も時間も勿体無いので、神戸の実家に泊まる。
その都度必ず母が「何かもって行きたいもんない?」と聞く。
普段我が家で買うことのない牛肉とか、淡路島の親戚にもらった寒餅とか、ちりめんじゃことか、
冷蔵庫をのぞいていろいろもらって帰る。
何かのついでの宅配便には、マヨネーズやシーチキンなど等、戸配のコープさんで購入したようなものの
おすそ分けが入っていた。
「嫁にいくって、そういうこと」と母が笑った。
ちょうどその頃学校のデザインの課題で「ハコをデザインする」というものがあったので、
「ハコ入り娘」というハコが浮かんだけれど、駄洒落の域を超えられなかったので案は消えていった。


近所の人が育てた野菜は、ごぼうでも大根でも生が旨いので、
母が送ってくれたから余剰しているマヨネーズでサラダにしたりした。
そういえば去年はマヨネーズも作ってた。けど、あんまり使わないから残って駄目にした。


日曜日の朝市で会った別のご近所のNさんに「前、電話もらってたでしょう」といわれ
「ああ、野菜がほしくて電話したんだった」という会話をしたら
その日の夕方に玄関に野菜を置きにきてくれていた。


玄関には回覧板より少し低めの頻度で、野菜が置かれている。牡蠣という日もあった。
今日は、おからとこんにゃくがあった。
Nさんにしては置き方がきっちりしている、と思ってメモ書きを見ると、
近所に住むまりっぺからだった。
電話でお礼を告げると、近所の人のところで作ったのだという。


晩御飯の後、明日の弁当用に、おからとこんにゃくで卯の花をつくる。
はじめてだったけど、超簡単。
以前、そうざい会社の販売促進部で、食品の写真撮りのディレクションにも関わっていたお陰で、
お皿に盛った状態から「どうぞ」と差し出すと、なかなかの料理の腕を持っているように見てもらえる。
料理作業中の手捌きは、一人暮らし暦15年のコーヘイの方が遥かに上である。
私はペペロンチーノくらいしか作れない状態のまま嫁に出てしまったのだ。
母は、新婚当初、父に「毎日違う献立を」という関白宣言を受け、
必死に努力してなんとかやっていたそうだ。
私はそんなリクエストは特に受けず、大体何をしても「うまっ!」というナイスリアクションを頂く。
一年前はそのリアクションを「褒めて伸ばそうの戦術だな」と疑っていたけれど、
本当に旨いのは旨いのだろうと思えてきた。
彼がうるさいのは麺類の茹で加減くらいである。
今や料理の鉄人である母も、365日新メニュー挑戦の時代、おからを買おうと思って、
カリフラワーを買って帰ってきたという逸話がある。


なかなか旨い卯の花を味見しながら、そんなことを思った。



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生まれ出てしまった文章を
自分の自然な言葉で書き記せるよう
menpeiブログでのこういう文体も
「独り言」というカテゴリーで許容することにしました

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