スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Comment (-)

「menpeiは関係性の総和である。」

もめです。

昨日は、建築事務所ココロエ主催の「ココロエの心得展」の中の
「プレゼン乱取り合戦」に参加してきました。
尾道空き家再生PJ石巻2.0など、あらゆる団体17組?ほどのプレゼンがありました。
会場は満員で熱気ムンムン。

活動内容については、うめちゃんや大地などがMLATとして話してくれるので
menpeiは内容にはあんまり触れず、
「menpeiのココロエ」について話しました。


あたりまえのことを いうてるようなんで、
どこまでピンときてもらったかわからんのですが、
わたし自身、このことを頭でなく、実感としてわかってきたのはつい最近のことです。


具体的に言うと、menpei的ターニングポイントは去年の秋ころかしら。
どんどん増えていく田んぼに、「それだけ」では「稼げない」から、
ある程度抑えていって「稼ぎ」の部分の余力が欲しいと、口にしたことがあります。
正直それは「自分たちの利益」を考えた不安からくる発想でした。
そこで、そんなこと言っててどうすんねん、やっときゃ人も集まるし、
突き抜けたら食うのにも困らんようになるわ!と仲間にガツンと言われて、
吉永で2人の活動をしていたことから、上山で仲間で活動をはじめたんやなと
心の持ちようが移行していったように思います。


それから目先の自分の損得は特に考えず、
仲間全体で活動がひろがったりクロージングできたりするように
自分の得意分野で貢献していくようになりました。
それからの方が、明らかに楽しいし、不安はなくなりました。
貢献すれば、必要なものは必要なときに、なんらかのかたちで返ってくる。
「menpei」と冠のついた活動が、とくになくなったけど、
今まで以上に存在意義を感じるし、広がりもあります。

「menpeiは関係性の総和である」というのは、
哲学者の内山節さんの著書「ローカリズム言論 新しい共同体をデザインする」からの引用です。


関係性の中のみで生きている。
自分のやりたいこととかいうよりは、
他者(具体的に仲間や地域の人)に応えるように動いている感じ。
そして、また、「今ここにいること」も
自分自身の重要な決意の積み重ねだったとしても、
すべて誰かの出会い、繋がりの中で存在していることを忘れてはならないなと思います。
そしたら「自分ひとりで生きている」と、勘違いしないで済みます。



著書には、「共同体の社会は、自然も含め人々が役割で動く社会で、
役割のからみのなかで生きるのが理想」だが、実際は
「人間が自己をもって自己実現を求めている」ので
なかなかそれができないと書いています。
(ちなみにそれを許すのも日本の思想、とも触れています)


人間も自然も含め、他者との関係性が非常に濃いところで
それらにしっかり対峙して生きていると、
そのことを実感でき、内山さんの著書に書いていると
「おーやっぱりそうやんなあー」とあらためて思います。

120526_2.jpg


120526_1.jpg
スポンサーサイト

管理者にだけ表示を許可する

もめです。昨日は、建築事務所ココロエ主催の「ココロエの心得展」の中の「プレゼン乱取り合戦」に参加してきました。尾道空き家再生PJ、石巻2.0など、あらゆる団体17組?ほどのプレ

2012.05.27 15:19 まとめwoネタ速neo

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。